特許行政年次報告書2025年版

2024年の特許出願件数は前年比3.6%増の306,855件で、大企業が出願件数の84%を占めている。世界の特許出願件数をみると、中国167.7万件(2023年)、米国60.3万件(2024年、以下同様)、日本30.7万件、韓国24.6万件、欧州(EPO)19.9万件。世界のPCT国際出願では、中国70,153件、米国53,742件、日本48,396件、韓国23,851件、ドイツ16,716件等(2024年)。中国、米国、日本、ドイツのPCT出願は減少しているが、韓国、インドは増加している。五庁(日本、米国、中国、韓国、欧州)間の特許出願状況(2023年)では、日本からの出願は米国73,236件、中国46,236件が多く、日本への出願は米国26,648件、欧州21,782件、中国9,612件となっている。特にインドにおいては、前年比17.2%増の90,298件(2023年)と増加させており、米国、中国、日本等の外国出願が横ばいで推移している中で、内国人による出願件数を増加させている。

大学等の特許出願件数は7,373件(2024年)で横ばいで推移している。2024年の特許出願公開件数は、東大324件、阪大250件、東北大205件、東海国立大学機構192件、京大163件等となっている。また、PCT国際出願では、上位30位に米国、中国、韓国の大学が多くランクインされている。日本では東大、阪大、東北大の三校がランクインしている(下記図参照)。

PCT国際出願の公開件数上位30位にランクインした国内外の大学(2024年)

(WIPOウエブサイト記事等を基に特許庁作成)
特許庁編『特許行政年次報告書2025年版』57頁より引用)

[所感]特許出願等からみると、日本は長期停滞状況である。大企業、中小企業の出願構造には変化がなく、横ばいで推移している。わくわくするようなイノベーションは日本から生起されていない。またこれからのイノベーションを担うスタートアップも大学も元気がない。最後にインドは経済成長が著しくその将来性には注目に値する。若い人口構造、言語(英語)等の優位性から、インドは知的財産権においても大化けする可能性がある。

2025年8月24日記(所感につき同25日修正)

特許出願非公開制度の実施状況

内閣府・特許庁は、経済安全保障法(令和4年5月10日公布、令和6年5月1日施行)の第5章の、特許出願非公開制度に基づく、保全指定・解除等の実施状況について公表した。

対象期間は令和6年5月1日(施行日)から令和7年3月31日。

  1. 法66条1項及び2項の規定に基づき、特許庁長官から内閣総理大臣へ送付された特許出願の件数 90件
  2. 法70条1項の規定に基づき、保全指定をした件数 0件
  3. 法77条1項の規定に基づき、保全指定を解除し、又は保全指定の期間が満了した件数 0件
  4. 前記対象期間の末日において保全指定を継続している件数 0件
  5. 法79条1項の規定に基づき特許庁長官に外国出願の禁止に関する事前確認の求めがあった件数1305件
  6. 法66条10項の規定に基づき内閣府に送付しない旨の判断をした旨を特許出願人に通知した件数630件

[所感]この法律には刑事罰、出願の却下等の罰則規定があり、特許出願人は、特に外国出願に当っては特許庁長官に事前確認を求めているようだ。

2025年7月11日記

AIが作成した文字やマークなどの商標登録を現行制度で認める

特許庁は2025年6月13日、商標制度小委員会を開催し、人口知能(AI)を利用して作成した商標の登録を現行制度で認める方針を確認した。また他人の商標をAIに学習させることも法律上問題ないとした(以上、2025年6月13日付け日本経済新聞)。ここで商標は商品やサービスに使う文字やマークなどを指す。

この背景には、① 生成AIの技術発展に伴い、テキスト、画像を入力して短時間で大量の文字、図形を生成し、これを利用することが可能となっていること、② ダバス事件において、AI発明が社会に及ぼす影響についての議論を踏まえた立法化のための議論が必要であると判示したこと、がある。

商標法は、「商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」(商標法第1条)と規定している。この法文の規定から、創作物を保護するものではなく、ダバス事件で争われた発明、発明者などの問題はない。また、他人の登録商標が含まれるデータをAIに学習させる行為に商標権の効力が及ぶかである。これについては、登録商標であっても、AI学習用データとしての利用は、商標法第2条第3項各号に規定する商標の「使用」に該当しないので、商標権の効力が及ぶ行為に該当しない。以上、特許庁は、現行の商標制度で一定の整理がなされているとして、上記のとおり確認した。

2025年6月15日記(2025年6月20日転載)

インダストリアル・ルネッサンス

これまでいわゆる「重厚長大」企業にはお世話になった。しかし、現在では「軽薄短小」企業が株価、収益も高く、世の中の潮流に乗っている。米国では、製造業から金融、情報、通信等に業態転換が行われ、これに伴い、伝統的な機械工学、化学、電気工学等を専攻する学生が減少している。高学歴人口において、エンジニアリングを専攻する学生の比率は、2020年頃で米国7.2%、日本18.5%、ドイツ24.2%(エマニュエル・トッド「西洋の敗北」59-60頁、文藝春秋、2024年)。

日本の重厚長大企業も、低収益事業の売却、新規事業への参入等を図っているが、コア事業(技術)を今後とも維持発展させて行くべきである。このようなコア技術を活かして新たなイノベーションを起こすことができないか、という課題について、ずっと考えてきた。たまたま新聞を読んでいたら、面白い記事があったので紹介する。山形県山辺町にある「米富繊維」は、ニットを生産していたが、韓国、台湾、中国の安価な輸入品にシェアを奪われ、「潰れる一歩手前」まで行ったそうである。復活のカギとなったのは、工場に残っていた「ローゲージ」の編み機である。ゲージとは1インチの間にある針の密度で、この数字が小さいと編み目がざっくりしたローゲージニット、大きいと目が詰まったハイゲージニット。欧米の有名ブランドはハイゲージの編み機で編むのが一般的であった。会社は規模縮小のためハイゲージの編み機を手放した。そこで、素材や太さが異なる糸を編んで全く新しいニットを生み出す「交編」という技術を、ローゲージの編み機に適用し、さらに会社には職人が生み出したオリジナルの編み地2万枚以上保存されていたところ、これからインスピレーションを得て、色や素材の組み合わせが楽しい自社ブランドを立ち上げた(日経、2025年4月6日18面)。これはインダストリアル・ルネッサンスの一例である、そして、最近、同じような問題意識を持った米国の経営学者にたどり着いた。現在スケッチ中であり、他日を期す。

2025年4月23日記(2025年6月20日転載)

続ドワンゴ対FC2係争事件

この事件について2024年11月に投稿しているところ、第1審(東京地裁)と第2審(知財高裁)で判断が分かれている。これに対し最高裁は特許法上の「属性主義」の原則を柔軟にとらえる判断を令和7年(2025)3月3日に出した(令和5年(受)第14号、同15号、令和5年(受)第2028号)。

最高裁は、「我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(中略)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、プログラム等が、電気通信回線を通じて我が国の領域外から送信されることにより、我が国の領域内に提供されている場合に、我が国の領域外からの送信であることの一事をもって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、上記の提供が「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号)に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における「電気通信回線を通じた提供」に当たると評価されるときは、当該行為に我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。」との判断をした。

[所感]

ビジネスやサービスの国際化にあわせ、特許法上の属地主義の原則を柔軟に解釈するという判断が確定した。日本の特許権は、国内だけではなく、外国で起きる事象についてもっと注視して所要の対応をとるべきであろう。

2025年1月25日記(2025年6月20日転載)

WIPO2024年知的財産統計情報(速報)

2024年の国際特許出願(PCT出願)について、273,900件(前年比0.5%増)。

中国は70,160件(+0.9%)で1位、米国54,087件(-2.8%)、日本48,397件(-1.2%)、韓国23,851件(+7.1%)、ドイツ16,721件(-1.3%)。

海外企業ではファーウェイ6,600件、サムスン電子4,640件、クアルコム3,848件が前年同様1~3位。

日本企業では三菱電機1,956件(7位)、NTT1,877件(10位)、パナソニック1,718件(12位)、NEC1,241件(15位)。

教育分野では1位はカリフォルニア大学519件、テキサス大学システム校216件、精華大学188件、淅江大学175件、ソウル国立大学170件が続く。トップ10に米中の大学が8校。

日本の大学では東京大学120件(12位)、大阪大学111件(14位)、東北大学107件(17位)、京都大学71件(35位)。

トップ技術ではデジタル通信が全体の10.5%を占め、コンピュータ技術9.7%、電気機械8.6%、医療技術6.5%、計測4.4%が含まれる。

[所感]

中国の企業、大学の躍進が続く。韓国が7.1%と27年連続で増やしている。

2025年4月4日記(2025年6月20日転載)

ダバス事件

東京地方裁判所は、AIは発明者としては認められず、「発明は人間の創造的活動」と判示した(令和5年(行ウ)第5001号、東京地裁、令和5年16日言渡)。米国在住の出願人は、国際出願した上、発明者の氏名の欄に「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載した国内書面を提出した。特許庁は、発明者の氏名として自然人の氏名を記載するように補正を命じたが、出願人は応じなかったため、出願却下した。これに対し、出願人は、出願却下処分が違法であると主張して、同処分の取消しを求めて東京地裁に提訴した。特許法に規定する「発明者」は自然人に限られるか、すなわち、AIは「発明者」に該当し得るかが問題となった。

(原告が主張する発明)
 人工知能(ダバス)が、人の関与なしに、生成・創作して発明「フードコンテナ並びに注意を喚起し誘引する装置及び方法」を発明したものである。

(ダバス事件と国際的動向)
 AIが特許法で認められた「発明者」に該当するか否かが争点となった「ダバス事件」では、日本を含む多くの国で、発明者を自然人に限定する判断が下されている。この事件を契機に、各国でAI発明の法的取り扱いが議論されている。

2025年1月25日記(2025年6月20日転載)

ドワンゴ対FC2係争事件

事件の概要:動画配信サービス「ニコニコ動画」を運営するドワンゴ(東京都中央区)が国内特許が侵害されたとして、2019年に米FC2等を東京地裁に提訴した。東京地裁では特許権侵害を認めなかったが、知財高裁では特許権侵害を認めた。最高裁へ上告・上告受理申立て中で判決は未確定。

争点:FC2動画のサーバーが海外にある場合に特許権侵害が認められるか否か。ここで、第一審と第二審の判断が分かれたのは、特許権における「属地主義の原則」について、本件事案をあてはめることの可否。「属地主義の原則」とは、特許権には権利が有効な範囲を、取得した国に限る「属地主義」という原則をいう。第一審では、特許発明の構成要件の一部が海外にある場合に属地主義の原則から特許権侵害は認められないとした。第二審では、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考 慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許権侵害であるとした(令和4年(ネ)第10046号、知財高裁特別部、令和5年5月26日言渡)。

特許庁は海外サーバーを利用した国内でのサービスについては、日本国内の特許権が有効か明確でないため、条件を満たせば特許の保護対象である等の特許法の改正を行う予定である(2024年11月5日付け日本経済新聞)。

2025年7月11日記(2025年6月20日転載)

特許出願非公開制度

近時、特許法に大きな改正があった。それは、経済安全保障法(令和4年5月10日公布)の第5章の、特許出願非公開制度である(令和6年5月1日施行)。

従前の出願公開制度(改正45年法、昭和46年1月1日施行)は、出願後1年半後に全出願を公開するものである。当時、出願数が急増し、大幅な審査の遅延が生じ、このため、審査請求制度を設け出願人に再度の見直しを期待することにより、審査案件を減少させる目的であった。

今回の改正法の趣旨は、公にすることにより国家及び国民の安全を損なう事態を生じるおそれが大きい発明が記載されている発明につき、出願公開等の手続きを留保するととに、その間、必要な情報保全措置を講ずることで、特許手続を通じた機微な技術の公開や情報流出を防止するものである。どのような発明が出願非公開の対象になるかは、特定技術分野が選定されており、国家の安全保障に大きな影響を与え得る先端技術、国民生活等に大きな被害を生じさせ得る技術が含まれている。

日本も、戦前、軍事上の観点から秘密特許制度があったが、戦後廃止された。近時の国際情勢の変化、欧米、中国等も何らかの出願非公開制度を有している等から日本も成立させることとなった。

2024年10月16日記(2025年6月20日転載)

偶然を味方につける

NHKラジオ第1午前6時43分頃に放送される「マイBiz」を聴く。2024年11月20日に放送された、明治大学大学院野田稔教授のインタビューに共感。野田先生は人生は「たまたま」の場合が多いと言われる。

私も国家公務員試験に合格して特許庁に入ったのもたまたまである。特許庁など聞いたことがなかったが、大学の先輩から来ないかと言われて入った。特許庁でも上司からこれをやってくれ、あすこに行ってくれとよく言われたが、どうして私がという等の思いがあった。幼い頃、祖母からだれかが見ているから「誠実」にやるようにとよく言われた。これは一つの人生訓と思っていたが、これにエビデンスがあることに驚いた。

スタンフォード大学のジョン・Ⅾ・クランボルツ教授らが、1999年に提案したキャリア論。これは、数百人にのぼるビジネスパーソンのキャリアを分析した結果、個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。その偶発を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていく考え方(計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory))。

野田先生は、ただ漫然と待つのではなく、次の三つのポイントを挙げられた。①好奇心をもつこと②楽観的であること③学び続けること。

企業と懇談した際、発明者にどのようにしてこの発明をしたかとよく質問する。発明者は、どうしてこうなるのか、その結果が腑に落ちない、そこで更なる探究して、発明につながったとのこと。特許審査においても、予想外の効果、予期し得ない効果を奏する発明は特許される。

若い頃、✕社の工場見学した際、どのようにして発明のアイデアを得るのかと理系の社長さんに質問したことがある。社長さん曰く、天井を指さしながら、アイデアはその天井を流れている。なにもしなければ、高いところを流れているアイデアを掴むことはできない。

課題を持ち現場を歩き書物を読み、絶えず考えていると、ある日突然に足継ぎができアイデアを掴むことができるとのこと。当時、言われていることが理解できなかったが、「計画的偶発性理論」と軌を一にする。

2024年11月22日記(2024年12月8日修正更新)