ここでは、拒絶理由通知書を読むために備考の記載を補う方法を説明します。
1 はじめに
本稿は、拒絶の理由を正確に知るために、拒絶理由通知書中の備考の記載を補う方法を提供することを目的とします。なお、本稿は、「拒絶理由通知書の読み方」を補うものであり、そこで用いた仮想事例を例にご説明いたします。
2 一般論について
(1)省略の仕組み
文章において省略することができる部分は、通常、これを記載しなくても文意を読み取ることのできる部分に限られます。ところが、論理において前提をなすような重要な部分であっても、しばしば省略されることがあることもまた事実です。
例えば、以下のような文について考えてみましょう。
この文章には省略されている部分が存在します。ある事実(小前提)に基づいて何らかの結論を導くためには、これらに先立つ大前提が存在するはずです。しかしながら、ここではその大前提が明らかにされておりません。
そこで、隠された大前提を補うならば、以下のとおりになります。
- 大前提 : もし雨が降る確率が高ければ、私は傘を持って出かける。
- 小前提 : 気象庁が「雨が降る。」と予報した。
- 結 論 : 私は傘を持って出かける。
それでは、なぜこのように補うことができるのでしょうか?その仕組みは、概ね以下のようなものと考えられます。
「気象庁が『雨が降る。』と予報した。」との事実(小前提)からは直ちには「私は傘を持って出かける。」との結論を導くことはできません。なぜなら、その同一の事実から他の結論、例えば、「私は出かけるのをやめる。」との結論を導くこともできたはずだからです。
それにもかかわらず、「私は傘を持って出かける。」との結論を一義に導くことができたとすれば、「もし雨が降る確率が高ければ、私は傘をもって出かける。」との大前提が予め存在していたことに他なりません。
このように大前提が省略されている場合であっても、与えられた小前提と結論とから省略された大前提に遡り、これを補うことにより文意を読み取ることができるものと考えられます。
(2)まとめ
文章から文意を正確に読み取るためには、そこに「書かれていること」のほか、「書かれていないこと」を意識することが重要です。特に「書かれていないこと」のうち「省略されていること」については、これを補うことができる限り、これを補って読むことが必要です。
3 特許要件について
(1)概論
このことを特許要件の判断についてみてましょう。
特許要件についての判断も、以下のような法的三段論法を通じて示されるものであることに変わりはありません。
- どのような法規に、
- どのような事実をあてはめ、
- どのような結論を導いたのか。
法規である特許法29条は、特許の要件を以下のとおり規定しております。
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。 一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明 二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明 三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明 2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。 特許法
とはいえ、特許法29条2項に規定する「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたとき」との法律要件については、ここに具体的な事実をそのままあてはめることができないとされております。
そこで、容易想到性を判断するに当たっては、実務上、以下のような判断手法が用いられております。
- 本願発明の認定
- 主たる引用発明の認定
- 本願発明と主たる引用発明の一点及び相違点の認定
- 相違点についての判断
- 結論
このような判断手法は「法規」そのものではなく、各判断過程における各認定も必ずしもその全部が法規にあてはめるべき「事実」そのものとはいえないものの、実務上、これらに準ずるものとして取り扱われております(1)例えば、永野周志『特許権・進歩性判断基準の体系と判例理論』経済産業調査会(2013)23頁は、容易想到性の判断手法を明示した東京高裁平成14年10月15日判決・平成11年(行ケ)第102号[自動変速機の制御装置]事件及び東京高裁平成16年9月2日判決・平成15年(行ケ)第479号[シリカ系グラウト材による砂地盤の耐震性向上方法]について、これらを事実上の『判例』として機能しています。
とします。
そして、知財高裁平成30年4月13日特別部判決・平成28年(行ケ)第10182号・平成28年(行ケ)第10184号[ピリミジン誘導体]は、特許法29条1項は,
とするに至りました。。産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。
と定め,同項3号として,特許出願前に日本国内又は外国において
頒布された刊行物に記載された発明
を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受けることができないことを定めている。
上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下本願発明
という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。・・・。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。
そして、特許出願に係る発明が特許法29条2項の規定により特許をすることができないものであることを根拠とする拒絶の理由を通知するに当たっては、主たる三要素(2)どの請求項に係る発明が、どの公知事実との関係において、どの規定に違反するか、の三点。について明示の記載をしなければならないが、主たる三要素をもって特定される範囲内において、容易想到性の存否を上記の枠組みに沿って判断することは当然とした上で、ここにあてはめるべき事実ないしこれに準ずるもののうち、必要最低限のものを拒絶理由通知書中に記載すれば足り、その余については省略してもよい、との運用がされているものと考えられます。
それでは、ここでいう「必要最低限のもの」とは、どのようなものでしょうか?
(2)仮想事例の検討
例えば、以下のような仮想事例について検討します。
- 備考
刊行物1には、AとDとを備える鉛筆が記載されている。刊行物2には、鉛筆にBを設けることが記載されている。
刊行物1に記載の鉛筆において、当業者がDに代えて刊行物2に記載のBを適用することに格別の困難性はない。
ア 記載されていること
まず、「刊行物1には、・・・。刊行物2には、・・・。」との記載から、二つの引用発明を認定していることがわかります。
そこで、それぞれの引用発明についてみると、「刊行物1には、AとDとを備える鉛筆が記載されている。」との記載から、第一の引用発明をどのように認定しているのかがわかります。
しかしながら、この記載から、第一の引用発明を主たる引用発明として認定しているのか、従たる引用発明として認定しているのかは直ちにはわかりません。
また、「刊行物2には、鉛筆にBを設けることが記載されている。」との記載から、第二の引用発明をどのように認定しているのかはわかるものの、これを主たる引用発明として認定しているのか、従たる引用発明として認定しているのかは直ちにはわかりません(3)二以上の引用発明を引用している場合において、いずれも主たる引用発明として認定しているときもあるためです。すなわち、主たる公知事実を異にする複数の拒絶の理由が通知されていることになります。。
さらにみてみると、「刊行物1に記載の鉛筆において、・・・Dに代えて刊行物2に記載のBを適用する」との記載から、第一の引用発明を主たる引用発明として認定していることと第二の引用発明を従たる引用発明として認定していることとがわかります。
そして、特に「Dに代えて」との記載から、「主たる引用発明のうち従たる引用発明により置き換えられる部分」(以下「置換部分」といいます。)をどのように想定しているのかがわかります。
そうすると、主たる引用発明をどのように認定し、従たる引用発明をどのように認定し、置換部分をどのように想定しているかの点については、明示の記載があるといえます。
イ 省略されていること
一方、本願発明をどのように認定し、本願発明と主たる引用発明との一致点及び相違点をどのように認定しているかについては、明示の記載はありません。
ここで、容易想到性の判断手法は、「主たる引用発明と従たる引用発明とを組み合わせてなる発明は、本願発明と同一である。」との論理付けからなるものです。
この論理付けによれば、「主たる引用発明において置換部分を従たる引用発明に置き換えてなるもの」は、「本願発明と同一のもの」になるはずです。
したがって、本願発明の認定については、主たる引用発明と従たる引用発明とを認定し、更に主たる引用発明における置換部分を適示することをもって代えることができるといえます。
また、主たる引用発明における置換部分は、これを従たる引用発明に置き換えない限り、主たる引用発明をして本願発明と同一のものとなることを妨げている部分ですから、本願発明との相違点に相当するといえます。
そして、主たる引用発明のうち置換部分以外の部分、すなわち、「主引用発明のうち従たる引用発明に置き換えられることなく存置する部分」(以下「存置部分」といいます。)は、これ以外の部分、すなわち、置換部分を従たる引用発明に置き換えたとしたならば、主たる引用発明をして本願発明と同一のものとなる部分ですから、本願発明との一致点に相当するといえます。
そうすると、本願発明をどのように認定し、本願発明と主たる引用発明との一致点及び相違点をどのように認定しているかの点については、その明示の記載がなくとも、主たる引用発明と従たる引用発明とをそれぞれ認定し、更に主たる引用発明のうち従たる引用発明に置き換えられる部分を適示しさえすれば、これらから導くことができるため、その記載を省略することができ、現に省略されることがあるといえます(4)もっとも、引用文献等における主従の別及び主たる引用文献等に記載の発明との一致点・相違点について、これらを明示する拒絶理由通知書は増加傾向にあるものの、これらの事項は、例えば、特許庁ウェブサイト「拒絶理由通知書等の記載様式に関する取組について」においても「最初/最後の拒絶理由通知の記載様式の要点」とされておらず、あくまで運用レベルの取扱いであることには留意が必要です。。
(3)まとめ
以上をまとめますと、以下のとおりです。なお、太字により少なくとも明示的に記載しなければならない事項を示し、赤字により省略されている事項を示します。
- 主引用発明のうち
- 存置部分=一致点
- 置換部分=相違点
- 従引用発明
- 主引用発明において置換部分を従引用発明に置き換えてなる発明=本願発明
これを仮想事例についてみると、以下のとおりです。
- 主引用発明(A+D)のうち
- 存置部分(A)=一致点
- 置換部分(D)=相違点
- 従引用発明(B)
- 主引用発明において置換部分を従引用発明に置き換えてなる発明(A+B)=本願発明
4 おわりに
実際の拒絶理由通知書における省略のあり方には、検討した仮想事例以外にも様々な態様が考えられます。しかしながら、「主たる引用発明と従たる引用発明とを組み合わせてなる発明は、本願発明と同一である。」との論理付けに帰する点において変わるところはなく、単にこれを表現する方法において相違するに過ぎないともいえます。
したがって、基本的な考え方としては、拒絶理由通知書に「書かれていること」に基づいて「省略されていること」を導くことにより「拒絶の理由」を基礎づける論理付けを読み取ることができるはずです。
以上
脚注
↑1 | 例えば、永野周志『特許権・進歩性判断基準の体系と判例理論』経済産業調査会(2013)23頁は、容易想到性の判断手法を明示した東京高裁平成14年10月15日判決・平成11年(行ケ)第102号[自動変速機の制御装置]事件及び東京高裁平成16年9月2日判決・平成15年(行ケ)第479号[シリカ系グラウト材による砂地盤の耐震性向上方法]について、これらを事実上の『判例』として機能しています。とします。 そして、知財高裁平成30年4月13日特別部判決・平成28年(行ケ)第10182号・平成28年(行ケ)第10184号[ピリミジン誘導体]は、 特許法29条1項は,とするに至りました。産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。と定め,同項3号として,特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受けることができないことを定めている。 上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下本願発明という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。・・・。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。 |
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↑2 | どの請求項に係る発明が、どの公知事実との関係において、どの規定に違反するか、の三点。 |
↑3 | 二以上の引用発明を引用している場合において、いずれも主たる引用発明として認定しているときもあるためです。すなわち、主たる公知事実を異にする複数の拒絶の理由が通知されていることになります。 |
↑4 | もっとも、引用文献等における主従の別及び主たる引用文献等に記載の発明との一致点・相違点について、これらを明示する拒絶理由通知書は増加傾向にあるものの、これらの事項は、例えば、特許庁ウェブサイト「拒絶理由通知書等の記載様式に関する取組について」においても「最初/最後の拒絶理由通知の記載様式の要点」とされておらず、あくまで運用レベルの取扱いであることには留意が必要です。 |